日本活動蹴球倶楽部〜Japan Action Football Club〜JAFC オフィシャルWEBサイト
| ア行 | カ行 | サ行 | タ行 | ナ行 | ハ行 | マ行 | ヤ行 | ラ・ワ行 | その他 | TOP |
”声に出して読みたくなる”サッカー名言集
 



 アーセン・ベンゲル (アーセナル監督)

名古屋グランパス監督時
「小倉もフリーならストイコビッチだ。だがサッカーには常に敵がいるんだよ」

「代表監督はマゾヒストでなければ務まらない」

「スタンドに足を運んでくれるサポーターを裏切る権利など、我々にはないのだ」

「英国人の食習慣はまったく恐ろしい。
  一日中ミルク入りの紅茶とミルク入りのコーヒーを飲み、ケーキを食べている。
 スポーツ選手はこういう食生活をしてはいけないという見本のような国だ」



 青嶋達也 (フジテレビアナウンサー)

2000年、アジアカップ、中国GKの身長の高さを伝えようとして
「オランダ代表GKファンデルサールより1センチ高いと言えばわかりやすいでしょうか」

2002年6月18日、スカパー、テジョンからのイタリア対韓国戦前
「私たち日本戦を見てたんですけど、日本のシュートが外れるたびに、
 韓国のサポーター拍手するんですよ。
 放送前にはっきり言わせて貰います。韓国のサポーター、感じ悪いです



 青山直晃 (清水エスパルス)

好きな選手は?
「イタリアのカテナチオ選手です」

色紙に
S-PALUS



 阿部勇樹 (浦和レッズ)

デビュー当時「プロとして気をつけていることは?」
「甘いものは食べません」

オシムはどんな人か?
「大きな人」

「オシム監督の発言は難しいから、意味がよく分からなかったりするんですよ」



 荒川恵理子 (日テレベレーザ)

幼少のころ、「クリスマスに何が欲しい?」と聞かれ
「デパート行って、“ちんちん”買ってくるわ!」

2002年全日本女子選手権、対伊賀戦で山郷と接触し右スネを開放骨折。
切断の可能性を宣告されたが、見舞いにきて号泣する山郷に

「人生、これもあり」

入院中、右足をつるし、手術を待つ間
「心肺機能を落とさないため、ベッドで息を止める練習をしていました」

2004年アテネ五輪アジア最終予選 日本×北朝鮮戦前 ミーティングでの締めの言葉
「ウチらは強い!ひとりじゃない!」




 アラン・シアラー (元イングランド代表、ニューキャッスル)

「イングランド(代表)の白いシャツはお金では買えない」



 アリーゴ・サッキ (元イタリア代表監督)

「家を建てる人は、家を壊す人よりも高いレベルの知性を持っているはず」

「11人が1人のように動かなくてはならない」

1994アメリカW杯準優勝時、FIFAに提出した”監督”に関するレポート
「戦術的には、私が最初に監督として采配を振るったミリニ(当時セリエC)の方が、
 遥かに優れていた」

「騎手になるのに馬である経験は必要ない」



 アルパイ・オザラン (元トルコ代表/1.FCケルン)
2003年10月11日、ユーロ2004予選、トルコ対イングランド戦
【ベッカム】事件発言まとめ

「ベッカムはオレに頭突きを浴びせ、つばを吐きかけやがった」
「もしつばがオレ自身に当たっていれば問題なかったが、
 トルコのユニフォームの三日月と星に当てやがったんだ」
「まずはベッカムに、トルコ人とつばを吐いた代表のユニフォームに向けて謝罪を述べさせろ。
 そしたらオレも彼に謝ってやる」
「ハーフタイムに通路に行った際、ベッカムに行動に気をつけろと言ったら、
 奴は後ろから押してきやがった」
「オレは何もせずにロッカールームに入った。誰も入ってこないからオレは外に出たんだ。
 オレとベッカムがペナルティーエリア内でやりあったために
 奴らは衝突していたのかもしれないが、あれほどまでに発展するなんて信じられないよ」

2003年10月24日、アストンヴィラを解雇され
「相手がベッカムでなければ、こんなことは起こらなかった。
 英メディアのベッカムへの扱いは特別で、他の選手は不平等を被っている」
2004年6月3日、来日
「浦和をチャンピオンチームにするためにきた」
アルピーと呼んでくれ」

アルパイについてのコメント
ブッフバルト監督:
「ベッカムと仲のいい友達だ」
森GM:
ナイスガイ。“ベッカムにはつばをかけられたからあれくらいは普通”と言っていた」

2004年6月

「これからは私がいるから勝てる。 私はラッキーボーイだ(笑)

「サッカーは選手の力が6割で、サポーターの後押しが4割」

2004年8月21日、対東京ヴェルディ戦前、森本について
「モリモト? 知らん。ビデオ? 見ていない」
「プロならいい選手なんだろうが、うちにはもっといい選手がいる

同上、エムボマについて
「あの年寄りか?」
(これはマスコミの意訳っぽいなあ)

2004年、週刊サッカーマガジン9月7日号、インタビュー
「Jリーグはヨーロッパと変わらないレベルにあると思う。
  何より(浦和レッズの)サポーターが素晴らしい。
 試合中も足を止めて、ずっと見ていたいくらいの気持ちになるよ(笑)



 アルバロ・レコバ (ウルグアイ代表/インテル)

「今日の試合が雨上がりのピッチならば、僕の左足で虹を描いてみせるよ」



 アルベール・バトゥー (元フランス代表監督)

「監督の本当の仕事は、プレーについての完璧な知性を持つことではなく、
 それを選手に伝達することだ。
 選手は問題を解決しなければならない当人で、
 監督は彼らに、そこに達する手段と可能性を与えるのが望ましい。
 監督のアイデアが選手たちのものとなり、彼らが一方的な押し付けに従っているのではなく、
 選手自身の原則に従っているという感じを持ってプレーする、
 そうした段階にまで選手たちに確信を持って説得できるとき、監督は賭けに勝つのである」



 アレクサンダー・モストヴォイ (元ロシア代表、セルタ)

「俺はカネのためにプレーしてる」



 アレックス・ファーガソン (マンチェスターユナイテッド監督)

1994年
「エリックは自分が不当な扱いを受けたとき、それを世界中に証明しなくてはならない。
 自分の気持ちを抑えられなくなる。それは彼のゲームの一部だ」

「シアラーの獲得には2つの問題があった。
 一つは彼がPKを蹴りたがること、もう一つは9番をつけたいと思っていること。
 背番号のほうはそれほど問題なかったが、
 そのころの私のチームでPKを蹴っていたのはエリック・カントナだった」

1998年
「確かに、カントナには数えきれないほどの欠点がある。彼は人の指図を受けない人間だ。
 しかし彼が我がクラブにもたらした最大の功績は、
 完璧をめざすならトレーニングをおろそかにするなということを思い出させてくれたことだ」



 アレッサンドロ・デルピエロ (イタリア代表/ユベントス)

「勝ちたいという気持ちはどんなゲームにもあります。楽しければ負けてもいいとは思わない」



 アンドリー・シェフチェンコ (ウクライナ代表/チェルシー)

'02-'03チャンピオンズリーグをACミランで制して
「来年もヨーロッパはイタリアの領土になる」



 アンドレイナ・バッジョ (バッジョの妻)

「la vita continua(それでも人生は続くのよ)」
 1998年アメリカW杯、決勝でPKを外したバッジョに。



 飯島愛 (芸能人)

2002年6月23日、TBS「サンデージャポン」、生放送中に
「ねぇみんな、どうしたの?おかしいと思わない?言いなよ」
「私が守ってあげるから奥寺さん、ホントのこと言って!」
「どこのテレビも、トッティの退場の時プレー、
 よくわかる背後からの映像をどんどん短くカットして放送してるんだよー(ずるいよー)」
「(マルディーニへのイ・チョンスの)蹴りが何でカットされてるの?!」
「これじゃ抗議してるイタリアが悪いみたいじゃない!」
「どこもかしこも韓国おめでとうしか言わない!」
「日本人としてじゃなくアタシ個人の意見として、おかしいと思う!」

井筒監督に話が振られる
井筒「韓国戦では『アジアのプライド』とか言う横断幕とかあるじゃない。
   ああいうのって日本ではやらないよね。そういうところが…」
飯島「(割り込むように)だったら『アズーリの墓へようこそ』とかいうのは良いわけ?
   ホスト国として、相手に対する礼儀が無いのはおかしいと思う」
井筒「それとこれとは話が違…」



 イェンス・レーマン (ドイツ代表/アーセナル)

「俺が試合に出れるのは、カーンが監督(フェラー)のカミさんと不倫したときだけだ」



 石川直宏 (FC東京)

2004年8月16日、アテネ五輪、練習後のコメント
Q:次、出たいですね?
「はい。出たいですね・・・。
 あんまり考えても仕方がないけど出たときにはギャフンと言わせたいです」
Q:誰を?
「それは・・・(苦笑い)それはね…」



 磯崎浩美 (なでしこ/TASAKIペルーレ)

2006年国体、試合前の円陣にて
「松井秀樹が言ってたんだけど、勝敗は始まる前に決まっている。だから後は思い切ってやろう」
そう言って三重代表に負けました。



 イ・チョンス(李天秀) (韓国代表/蔚山現代)

自身のサイトにて
「顔の特徴=よくベッカムに似ていると言われる」



 稲本潤一 (ガラサタサライ)

● ガンバユースを選んだきっかけ
 「なりゆきかな…」
● イヤーブックにてホームスタジアムに対する思い
 「ユース時代、僕にとっての万博は、試合前にフェアプレー旗を持って入場するところだった」
● 同世代の小野について
 「最初は攻撃的MFやってたんですけど、伸二には敵わないから・・・」
● 1997年3月6日
 「来年はどれだけの年俸がもらえるか分からないが、
  僕の給料で(実家の住宅)ローンの負担を軽くしたい
● 1997年4月19日 Jリーグ最年少ゴール
 「あれはトラップミスだったんです」
● 1997年
 「僕自身の優勝へのポイントは太らないこと」
● 1997年
 「今は100円玉を大切に使うJリーガー、
  ジュース買う時も一生懸命気持ちを込めて硬貨を投入しています」
● 1999年 「スターか!お前はスターか!」と怒るトルシエ監督の印象
 「笑いそうになった。笑ったらアカンって思いながらも何度か…笑いそうやった」
● スーパーサッカー、「トルシエ監督に言いたいこと」
 「ちょっとホモっぽい」
● 同世代の中でフィジカル面はずば抜けている、という記者の意見に対して
 「それはズバ抜けて太っているということですか?」
● 「プリンス」と称されて
 「あれはやばいよね〜」
● 対レイソル戦、親会社・松下の社長の来場
 「松下なのに、森下社長って、なんか変ですよね」
● 1999年 ワールドユースで頭を刈って
 「勢いでやりました。かなり後悔してます。ちょっと寒いです」
● 1999年 早野監督について
 「監督が変わってギャクがちょっと寒いんです、でもこの季節には丁度いい」
● 1999年
 「将来、欧州のビッグクラブに移籍して、トヨタカップで凱旋帰国することが夢
● 1999年7月31日 オールスター、キャプテンとしてMIPを受賞
 「実はMVPの発表のとき、ドキドキしてたんです」
● 1999年12月16日 Numberで宮本との対談後
 「今回はちゃんと表紙にしてもらえるんでしょうか?」
● トルシエに「稲本、もうワールドユースは終わったぞ」と言われ
 「何回も聞いたわ、どあほ」
● 2000年正月 遠藤との対談、遠藤が「海外移籍」について質問されたときに
 「気を付けろよ。何を書かれるかわからへんからな」
● 2000年 松田について
 「マツさんは”何だテメー”とか言いながら、どんどん前に上がって行く」
● 2001年 英語の勉強について
 「全員の言うことを理解できます。レイ・パーラーを除いて」
● 2002年 W杯の宿舎、葛城 北の丸を見て
 「すごいな、ワールドカップすごいな、おい」
● 2002年W杯について
 「自分のことを分かってくれている仲間が後ろにおるから自分は積極的にできた」
● 2002年W杯、ベルギー戦のゴールについて
 「オフサイドだと思ったのでリラックスして打てた」
● 2004年6月14日、イングランド戦での骨折に
 「けどさすがに手術後はかなり痛くて、麻酔で意識があんまりないのに
  運んでくれてる看護婦さんに思わず『優しくして』って言ってしまいました」



 イバン・サモラーノ (元チリ代表)

「フットボールが私から去っていく前に、私がフットボールから去ることにした」



 イビチャ・オシム (元ジェフユナイテッド市原千葉監督/日本代表監督)オシム語録

2003年2月23日 ちばぎんカップ試合終了後会見にて
「ベテランとは、第2次世界大戦のころにプレーしていた選手」

2003年3月14日 新加入選手会見後の懇親会で新加入選手のご両親に
「あなたは、息子さんを『最後まであきらめずに走る子供』に育てましたか?
 もしそうでなければ期待をしない方がいいでしょう。
 もしそうなら、私が責任を持って育てます」

2003年7月12日
「どの選手に対しても、常に満足することはない。
 なぜなら、満足してしまうと成長が 止まってしまうからだ」

2003年9月27日 「PKのときに、目をつぶっていたように見えたが」と問われ
「長い話になるよ(笑)」

2003年10月18日
「2点をとったのは佐藤でも勇人でもなく、ジェフというチームが挙げたものだ。
 私はそう考えている」

2006年3月18日
「巻には何もいうことはない。巻はジダンになれない。
 だけど、ジダンにないものを持っている」

2006年4月15日
「なぜ皆さんは、試合が込み入ってくると疲労のことを持ち出すのか。彼らはプロだ。
 たとえ試合がなくても練習はするわけだし、ときには練習のほうがきつい場合もある。
 疲労が溜まっているというのは言い訳にならない。
 スタジアムは彼らが仕事をする場所だ」

2006年4月26日
「サッカーというものはすごく難しいスポーツなので、
  サッカーというひとつのいい学校だと思ってほしい。
 もし、サッカー学校を卒業したら、素晴らしい人生を送れると思う」

2006年6月5日 日本代表に対して
「実際にサッカーというのは、
 バランスを保つために水を運ぶ役割をするような選手が必要になってくるわけです。
 そういう意味では同じことが実際このチームに対しても起こっているわけです。
  その話をさっきしていたわけです。福西ひとりで水が運べるでしょうか?
 福西が、まあトラックを運転して運ぶことはできますけど。」



 今西和男 (サンフレッチェ広島総監督)

「日本代表で、久保が笑いながら誰かとしゃべってる!! 
 とビックリしていたら相手は同じチームの下田選手だった」



 ウーべ・バイン (元ドイツ代表、浦和レッズ)

送別会での最後の挨拶
「最後にひとつ言いたいのは、俺が現役でやっていて、
 俺のパスを一番優しくていねいに扱ってくれたのは、イエボアと福田だった」



 ウェンディ・トムズ (イングランド初の女性審判員)

「ニコニコしながらレッドカードを出したら、叱られました



 ウルフ・キルステン (元ドイツ代表)

「もしアウェーゲームで誰一人『キルステン、この糞ったれ』と叫ばなかったら、
 俺のプレーが悪かったということがはっきりわかる」



 エクトル・クーペル (元インテル監督)

バレンシア監督時代、チャンピオンズリーグ準決勝進出を決めて
「優勝したらヌードになる」



 エドガー・ダービッツ (オランダ代表/トッテナム・ホットスパー)

ユベントスのフロントを評し
「一緒にお茶しようとは思わない」



 エメ・ジャケ (元フランス代表監督)

96年欧州選手権を前にしてカントナに代表を外す事を伝えた時の心境
「死ぬほど怖かった」



 エメルソン (アル・サード)

2003年11月3日ナビスコ杯決勝、坪井との衝突によるケガについて
「昨年は負けて泣いた。7針縫ったけれど、また泣くことを思えば、試合を続けるに決まっていた」

ナビスコ杯決勝後、メダルを盗まれたことに対して
「1日くらいメダルをかけて眠りたかった…。返してくれたらサインでもなんでもするから」

その後郵送でメダルが返却されて
「浦和のサポーターに泥棒はいないよ、
 これは僕が落としたメダルを拾ってくれた人が届けてくれたんだ」

僕はこのチーム(レッズ)が好きだから、いろんなオファーを断って、ここに残っているんだ」

帰化問題に関して
「日本国籍を取得することと、日本代表は関係ない。
 日本代表でプレーしたいという気持ちもあるが、日本人になりたいという気持ちが一番」



 エリック・カントナ (元フランス代表/俳優)

何試合かスタメンから外された後、途中出場していきなりゴールを決め、その時に呟いた一言
俺がボスだ!

「チームなんてどうでもいい、俺が目立てばいいんだ

「It's just a game. It's not a war.」(意訳で「もっと楽しもうぜ」)

「監督やチームメイトが何を言おうと関係ないね。興味がわかないんだ」

「フットボールで最も重要なのは、集団として何をするかだ。
  個人として脚光を浴びたいなら、私はテニスのシングルをやる。
 あるいは素敵な女性をパートナーにして混合ダブルスをやる」

マラドーナ提案の「選手の権利を守る会」に参加を求められた時
「いいでしょう。ただし、条件があります。
 その会とやらに俺が参加する条件は、あなたがそこの会長におさまることだ」

「アメリカW杯でどこが優勝すると思いますか?」との質問に
「フランス」(この大会フランスは予選落ちして出場していない)


「私は子供の心を忘れようと思ったことは一度もない。
 世間では普通と違う人間を異常を呼ぶ。私はそう呼ばれることを誇りに思っている」

「俺の墓石には、どんな言葉も刻んで欲しくない。まっさらな石のままでいい。
 俺という人間をいつまでも大きな謎につつんでおきたいんだ」

引退試合にて
「みなさん、私はサッカーに対する情熱を失ってしまいました。今までありがとう」

★ カントナについての発言
  アレックス・ファーガソン
  エメ・ジャケ
  オレ・グンナー・スールシャール
  ナイキの広告
  マシュー・シモンズ
  ガビン・スタンプ




 エルトン・ジョン (ミュージシャン/ワトフォードFCのオーナー)

「気がのらないツアーもやったこともある、新しいセンターフォワードを買うためにね」



 エルナン・クレスポ (アルゼンチン代表/インテル)

2002年、インテルへの移籍の際
「もし、ロナウドの亡霊と闘うことが宿命ならば決して逃げたりしない。
 必ず消し去ってみせるよ。あの偉大なるフェノーメノの亡霊をね」



 エンリコ・キエーザ (シエナ)

「偉大なフットボーラーのリストにバッジョを加えるつもりはないよ。
 なぜなら彼は別の惑星からやって来た宇宙人だからだ。」



 オアシス(ギャラガー兄弟) (マンチェスター出身)

「ユナイテッドのユニを着た奴と契約できるか」
出資するほどマンチェスター・シティのサポです



 大久保嘉人 (セレッソ大阪)

2002年11月2日、横浜FC対セレッソ大阪で「藤原紀香さんが観戦しますが?」
「関係ないです。オバさんですから」

2003年11月15日対市原戦で穴沢主審に対して
「金もらってんだろ」

2003年12月サッカーマガジンインタビュー記事
「ヒデさんはすごいっす。全部。ほんとなんすよ。全部すごいっすから。真面目だし。
 パソコンとかもできるし。自分のパソコンは電源を入れたとき、潰れてたんすよ」

2004年11月7日、マジョルカへの移籍が決まって
「リーグ戦が終わったら、すぐにスペインに行きたい。自分としては天皇杯はどうでもいい

チャリティーオークションにランニングシューズと練習着を出品した際のポラロイドの言葉
「代表で使用したランニングシェーズです」



 大熊清 (日本代表コーチ)

2002年11月2日、アジアU-20選手権決勝日本対韓国。
守備を助けるために下がって体を張ってボールをキープするFW坂田に対して発したセリフ

「サンキュー坂田!」
(TVのマイクに拾われお茶の間にまで轟いた)



 大空翼 (日本代表/FCバルセロナ)

「ボールは友達。こわくない」



 大竹由美 (元女子日本代表)

2003年10月7日、「ジャンクスポーツ」にて(旦那は東京Vの三浦淳宏)
「器の大きい淳くん」

Q.「由美さんの全部が好きだというベタ惚れの三浦選手ですが、
   由美さんの“ここがとくに一番キレイ”だと思っているのはどこでしょうか?」
A.「心!・・・私、多分ここしか(取り柄が)ないんです
(正解でした)

「でも、私もやっぱり淳くんの心に惹かれたんです。
 だって、本当にすごくきれいな目してるんだから」



 大部由美 (東京電力マリーゼ)

アテネ五輪アジア最終予選 日本×北朝鮮戦 勝利後
「女子の選手というのは、試合前、いつもふたつのことを考えています。
 ひとつは、この試合に勝つということ。
 もうひとつは、女子サッカーのためにも負けることはできないんだということ。」



 岡田武史 (元日本代表監督、横浜Fマリノス監督)

フランスW杯前のメンバー発表時
「外れるのは市川、カズ・・・三浦カズ、北澤です」

1997年11月16日、日本対イラク。チャンスを外し続ける岡野に対して
「岡野! お前俺に殺されたいのか!?

「サッカーに正解はないですから」

「サッカー記者が言うようなことは、全部一度は考えたことがあるものばかり。
 ひとつとして役に立ったものなど無かった」

「勝てるチームはフロントやサポーターやボランティアなど、
 そこに関わる全員が全力を尽くすチームだ」

「サポーターはチームとともに闘うなかで感動を得る。ファンはお金を払って感動を買う」

解説者として
「私は理論派の解説者とみなされているようですが、スタンドが一丸となって送るパワーの塊が、
 理屈を超えた巨大な力を選手に与えるシーンを何度も見てきました」



 岡野雅行 (浦和レッズ)

留学先のアヤックスにて
「頭がいいって言われましたよ、日本では言われたこと無いのに」

日本代表のミーティングで岡田監督の言っていることが全く解らなくて
「岡田さんはなんか言ってました」

1997年11月16日、フランスW杯 アジア地区第3代表決定戦。延長後半11分ダエイのシュートに対し
「ああ、これで俺は日本に帰れない身になったなって思ったと同時に、
 もうサッカーはやめなきゃダメだろうなとも思いました。
 あれだけ決定的なチャンスにミスを連発してて、
 挙げ句、イランの一発にやられたっていうんじゃ、
 僕がやりたいって言っても許してくれない人がいるだろうなって」

決勝ゴールを振り返って
「別にスライディングする必要なかったですね」

2004年7月17日、ナビスコカップ対ジェフ市原戦、ロスタイムに決勝ゴールをあげ
「蹴った僕もビックリしたけど、見ていた皆のほうがもっとびっくりしたんじゃないの・・・?」

2006年12月2日、リーグ優勝を決めた後のTV出演で今後の抱負を聞かれ
「今日は飲むぞー!」

2006年12月17日、優勝パレードでの挨拶
「僕のライブにようこそ! ではマジンガーZを聞いてください。そぅらに〜ィ



 奥大介 (横浜FC/奥の奥さんの旦那)

横浜FM契約更改時
「風呂場にシャンプーを置いて欲しい」



 小倉隆史 (元日本代表、名古屋グランパス)

「ぴあ関西版」1999年12月
「自分の理想は、背番号19番。ストライカーとしての9番と、ゲームメーカーとしての10番、
 その両方を持った選手になりたい」



 オスワルド・アルディレス (元アルゼンチン代表、東京ヴェルディ監督)

「代表監督というのは、国中で総理大臣の次に嫌われる存在だ」

記者の質問に
「守備の修正点? 一晩聞いてくれる準備はありますか?」

「切り札は最後に出すものだ」

イングランドの格言として
「車も、家も、妻さえも変えられる。
 だが、応援するフットボールチームだけは変えることができない



 小野伸二 (浦和レッズ)

2000年、J2降格、自身のケガなどに
「今は神様がくれた試練かな」

「自分がボールをもったとき、ハーフウェイラインの後ろにいるなんて、
 間違いなく好ましくない。」

「僕は本を通じて韓国との過去のことを知った。
 でも、サッカーを通じて韓国の人々を知った。
 これからサッカーを通じて韓国の友との友情を一層深めたい」

第81回全国高校サッカー選手権大会でのメッセージ
「何でサッカーをしているんだろう
 どうして苦しさに耐えているんだろう
 それはサッカーを愛しているから
 サッカーを心から楽しめているから
 君はどうだ 
 サッカーが楽しいか」

2004年6月10日、報道ステーションに出演
古館「女の子と、CMあったじゃないですか? あれが好評で。それはご存知でした?」
小野「はい、聞きました。ありがとうございます (ニヤリ」
古館「またあの女の子が可愛いんですよね」
小野「そうですね、撮影してる間になんか大人っぽくなってきちゃって。
   恋心を抱いてしまいました (ニヤリ」
古館「オランダ語で、何か言われるじゃないですか。小さくまとまるなよ、みたいな」
小野「はい。・・・あの子に言われてからですね、小さくまとまらなくなったのは (ニヤリ



 オリバー・カーン (ドイツ代表GK/バイエルンミュンヘン)

「ゴールキーパーの『役立たず』と『英雄』は紙一重」

「自分に要求することを人にも要求するのは 最大級の誤りだ」

「不安に押しつぶされる選手もいるが、俺は不安だからこそ動けるんだ。
 プレッシャーこそ俺を突き動かす原動力なんだ」

「難局もいいもんだ。
 これで破綻しなきゃ、新しい事を始める信じられないチャンスが巡ってくる」

2002年W杯韓国戦前
「誤審? 関係無い。全部俺が止めればいいんだ」

2002年W杯決勝に向けて
「ブラジルは素晴らしいチームだ。しかし優勝するには俺からゴールを奪わなければならない」

2002年W杯で最優秀選手に選ばれた後、2006年、ドイツ大会へ向けてのコメント。
「限界があるのはわかっている。そんなことは問題ではない。
 限界がくるまでどれだけ完全燃焼できるかが重要なんだ。」

「家で唯一飼ってる動物といえばだ」



 オレ・グンナー・スールシャール (ノルウェー代表/マンチェスターユナイテッド)

「唯一怖かったことと言えば、私のゴールを祝福しにカントナが追いかけてきた時でした」

←TOP PAGEへ戻る ▲ア行のTOPへ
メール ・(c) kojya 2004 - 2007 4n