| ● ガンバユースを選んだきっかけ |
| 「なりゆきかな…」 |
| ● イヤーブックにてホームスタジアムに対する思い |
| 「ユース時代、僕にとっての万博は、試合前にフェアプレー旗を持って入場するところだった」 |
| ● 同世代の小野について |
| 「最初は攻撃的MFやってたんですけど、伸二には敵わないから・・・」 |
| ● 1997年3月6日 |
「来年はどれだけの年俸がもらえるか分からないが、
僕の給料で(実家の住宅)ローンの負担を軽くしたい」 |
| ● 1997年4月19日 Jリーグ最年少ゴール |
| 「あれはトラップミスだったんです」 |
| ● 1997年 |
| 「僕自身の優勝へのポイントは太らないこと」 |
| ● 1997年 |
「今は100円玉を大切に使うJリーガー、
ジュース買う時も一生懸命気持ちを込めて硬貨を投入しています」 |
| ● 1999年 「スターか!お前はスターか!」と怒るトルシエ監督の印象 |
| 「笑いそうになった。笑ったらアカンって思いながらも何度か…笑いそうやった」 |
| ● スーパーサッカー、「トルシエ監督に言いたいこと」 |
| 「ちょっとホモっぽい」 |
| ● 同世代の中でフィジカル面はずば抜けている、という記者の意見に対して |
| 「それはズバ抜けて太っているということですか?」 |
| ● 「プリンス」と称されて |
| 「あれはやばいよね〜」 |
| ● 対レイソル戦、親会社・松下の社長の来場 |
| 「松下なのに、森下社長って、なんか変ですよね」 |
| ● 1999年 ワールドユースで頭を刈って |
| 「勢いでやりました。かなり後悔してます。ちょっと寒いです」 |
| ● 1999年 早野監督について |
| 「監督が変わってギャクがちょっと寒いんです、でもこの季節には丁度いい」 |
| ● 1999年 |
| 「将来、欧州のビッグクラブに移籍して、トヨタカップで凱旋帰国することが夢」 |
| ● 1999年7月31日 オールスター、キャプテンとしてMIPを受賞 |
| 「実はMVPの発表のとき、ドキドキしてたんです」 |
| ● 1999年12月16日 Numberで宮本との対談後 |
| 「今回はちゃんと表紙にしてもらえるんでしょうか?」 |
| ● トルシエに「稲本、もうワールドユースは終わったぞ」と言われ |
| 「何回も聞いたわ、どあほ」 |
| ● 2000年正月 遠藤との対談、遠藤が「海外移籍」について質問されたときに |
| 「気を付けろよ。何を書かれるかわからへんからな」 |
| ● 2000年 松田について |
| 「マツさんは”何だテメー”とか言いながら、どんどん前に上がって行く」 |
| ● 2001年 英語の勉強について |
| 「全員の言うことを理解できます。レイ・パーラーを除いて」 |
| ● 2002年 W杯の宿舎、葛城 北の丸を見て |
| 「すごいな、ワールドカップすごいな、おい」 |
| ● 2002年W杯について |
| 「自分のことを分かってくれている仲間が後ろにおるから自分は積極的にできた」 |
| ● 2002年W杯、ベルギー戦のゴールについて |
| 「オフサイドだと思ったのでリラックスして打てた」 |
| ● 2004年6月14日、イングランド戦での骨折に |
「けどさすがに手術後はかなり痛くて、麻酔で意識があんまりないのに
運んでくれてる看護婦さんに思わず『優しくして』って言ってしまいました」 |